心に噺がおじゃましまっす!

心の端にそっと置いてもらえるような物語を目指して書いています。

時節菜《じせつな》 第3話(終) ~明日菜・今日菜~

■明日菜
二人の女の子が花壇の雑草を抜いていた。この時期の園芸部は忙しい。抜いても抜いても毎日雑草が生えてくるからだ。しかし、忙しい事が楽しい事であるかのように、園芸部の女の子たちは黙々と作業をしている。
「カナ、こっちもお願い!」
カナと呼ばれた女の子は「はーい」と返事をしてもう一人の女の子の下へ駆け寄った。実は園芸部はカナ一人だけで、もう一人は手伝いをしているだけだ。カナが一年生の頃は部員が沢山居たのだが、地味で大変な作業が原因で次々と辞めてしまい、三年生になった今ではカナ独りになっていた。手伝いをしてくれている女の子は佐伯奈津美という名前で中学校からの友達だ。3年間カナとはクラスが別々だった為、話はそれほどしなかったが、大変な時はお互い助け合える仲だった。
「カナは進路決めた?」
カナは無言で首を横に振った。最近の話題は皆、この話ばかりだった。どこの大学を受験するのか、そもそも何になりたいのか、カナは決められずにいた。得意な教科もなく苦手な教科もなく、どれも平均点という感じだった。『適当に受かりそうな大学を受験してしまおうか?』カナの苦悶が聞こえてきた。
「私は何ができるんだろう? どんな仕事が私に合うのか分からなくて」
「分からないから楽しいんじゃないかな?最初から分かっている事はきっとつまらないと思うよ」
「そうかな? 私は分かっていた方が安心すると思う」
「それは、花壇に造花を植えているようなものだよ。絶対枯れない花に水をあげてもつまらないと思わない?」
カナはハッとした。確かに造花は味気ない。水やりの必要が無いなら見る機会も減るだろう。
「造花は生きてないもん」
「たぶん、分かっている未来は生きていないんだと思う。未来が分からないから努力するし、生きているって実感できる気がするよ」
「奈津美って大人だね」
カナは急に立ち上がった。
「決めた、私は樹木医になる!」
カナは清々しい表情で空を見上げた。

 

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明日菜はふわっと花開いた。明日菜は風菜《かぜな》とも呼ばれていて掴みどころのない透明な花を咲かせる。未来は誰にも分からない。しかし、やりたい事はそれぞれの心の中に既にあるものだ。具体的な形として表れていないかもしれない。自分で諦めて見ないようにしているかもしれない。人はそれを夢と呼ぶ。例え夢を叶えられなかったとしても、夢を追うという行為は決して無駄ではなく、人を成長させるものなのだ。
明日菜は大好きなカナが植物に関わる仕事を夢見てくれた事に、文字通り舞い上がってしまった。そのまま風に乗りカナの下を離れた。
「樹木医ってどうやったらなれるか分からないけれどねぇ」
「分からないから楽しいんだよ、きっと!」
「いやいや、それは分かってないと……」
少しだけ、花を咲かせるのは早かったかもしれない。

 


■今日菜
今日菜はシャキシャキとした食感で、みずみずしく食べた者の時に潤いを与える。少しほろ苦く、それでいてすっきりとした味わいがする。今日と云うものにそっくりだ。水のように生き物に寄り添い、『時』を共にするのだ。
何度も来る今日、そして二度と来ない今日、そんな今日という日にひと時の潤いを染みわたらせてゆく。
いつの日か、その者の前に仲間の時節菜が花を咲かせる事を願って。

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